二年間にわたるワイヤー矯正が終わり、装置が外れた日の開放感と、鏡に映る整った歯並びを見た時の感動は、今でも忘れられません。長年のコンプレックスから解放され、心から笑えるようになったのです。歯科医師からは「ここからが本番ですよ」と、リテーナーと呼ばれる保定装置を手渡されました。最初の数ヶ月は真面目に、食事と歯磨きの時以外は一日中装着していました。しかし、慣れてくるにつれて、その生活が少しずつ面倒に感じられるようになりました。「少しぐらい外しても大丈夫だろう」そんな甘い考えが、私の心に芽生え始めたのです。友人との外食、短い外出、そんな時にリテーナーを外す回数が徐々に増えていきました。そして半年が過ぎた頃、ふと鏡を見て愕然としました。以前ほどではないものの、明らかに前歯が少しだけ前に出て、隣の歯と重なり始めているように見えたのです。気のせいだと思いたかったのですが、日を追うごとにそのズレは確信に変わっていきました。あの時感じたのは、後悔という言葉では言い尽くせないほどの絶望感でした。時間とお金をかけて手に入れた理想の歯並びを、自らの怠慢で失いかけている。慌ててリテーナーをはめようとしましたが、きつくて簡単にはまらず、強い痛みを伴いました。すぐに矯正歯科に駆け込み、正直に事情を話すと、先生は厳しいながらも私の状況を理解し、再治療の選択肢を提示してくれました。幸いにも部分的な矯正で済むとのことでしたが、再び装置をつけることへの精神的な負担と、追加の費用は大きな痛手でした。この経験を通じて、私は歯列矯正が装置を外して終わりではないことを骨身に染みて学びました。歯は常に動こうとする生き物であり、それを定着させる保定期間こそが、治療の成果を一生ものにするための最も重要な時間なのだと。今、私は誰よりも真面目にリテーナーと向き合っています。この苦い経験が、同じように矯正を終えた誰かの油断を戒める一助となればと願っています。