私が歯列矯正を始めたのは、20代半ばのことでした。表向きの理由は「噛み合わせの悪さ」でしたが、本当の動機は、もっとずっと単純で、そして切実な「見た目」へのコンプレックスでした。特に、団子鼻と前に出た口元が作り出す、垢抜けない自分の横顔が大嫌いでした。インターネットで「歯列矯正をしたら、鼻が高く見えるようになった」という体験談を見つけては、淡い期待を抱いていました。もしかしたら、私もこのコンプレックスから解放されるかもしれない、と。治療は、抜歯を伴う大掛かりなものでした。長い年月と安くはない費用をかけ、痛みにも耐え、私は少しずつ変化していく自分の顔と向き合い続けました。口元が下がり、フェイスラインが整っていくにつれて、確かに横顔の印象は変わりました。友人からも「綺麗になったね」と言われる機会が増え、素直に嬉しいと感じました。しかし、治療が終盤に差しかかったある日、ふと冷静に自分の顔を眺めてみて、気づいたのです。私の団子鼻は、団子鼻のままだ、と。鼻の形そのものは、1ミリも変わっていない。当たり前の事実ですが、心のどこかで期待していただけに、一瞬、がっかりした気持ちになったのを覚えています。でも、その次の瞬間、不思議とどうでもよくなっている自分にも気づきました。なぜなら、私はもう、自分の横顔を嫌いではなくなっていたからです。口元のコンプレックスが解消されたことで、私はいつの間にか、人前で自信を持って笑えるようになっていました。笑顔が増えると、自然と表情は明るくなり、周りの反応も変わります。私が本当に変えたかったのは、鼻の形という具体的なパーツではなく、コンプレックスに縛られて自信なさげにしていた「自分自身」だったのだ、と悟りました。歯列矯正が私に与えてくれた最も大きな贈り物は、美しい歯並びや整った横顔ではなく、「自分を好きになる」というきっかけと、それによって得られた「自信」という名の輝きでした。そしてその輝きこそが、鼻の形など些細なことだと思わせてくれるほど、顔全体の印象を明るく照らしてくれているのです。
私が歯列矯正で本当に変えたかったもの