物心ついた時から、私の悩みは常に口元にあった。ぼてっと厚い唇。力を入れないと閉じられないそれは、友人たちから「セクシーだね」なんて言われることもあったけれど、私にとってはコンプレックスの塊でしかなかった。横から見た自分の顔が嫌いで、写真はいつも正面からしか撮れなかった。原因は、前方に突き出た上の前歯。この歯が、私の唇を無理やり前に押し出していたのだ。社会人になり、自分で貯めたお金で歯列矯正を始めると決めた日、私の人生は新しい章に入った。カウンセリングで、私の場合は抜歯が必要だと告げられた。歯を後ろに下げるためのスペースを作るのだという。少し怖かったけれど、この唇から解放されるなら、と覚悟を決めた。二年間のワイヤー生活は、口内炎や食事の不便さなど、決して楽なことばかりではなかった。けれど、月日が経つにつれ、鏡の中の自分の口元が少しずつ変化していくのが分かった。前に出ていた歯が徐々に内側に入り、それに伴って、あれほど主張の激しかった唇が、すっとおとなしくなっていく。そして装置が外れた日。私は生まれ変わったような気分だった。鏡に映っていたのは、かつての私とは別人のような、すっきりと引き締まった口元だった。分厚く感じていた唇は、自然な厚みに落ち着き、力を入れなくてもきれいに閉じている。何より嬉しかったのは、生まれて初めて自分の横顔を好きになれたことだ。鼻先と顎を結んだラインの内側に、きちんと唇が収まっている。あの忌まわしい「口ゴボ」は、もうどこにもなかった。歯列矯正は、私にとって単なる歯並びの治療ではなかった。それは、長年のコンプレ-ックスを解消し、自分に自信を与えてくれる魔法のような体験だった。今では、どんな角度から写真を撮られても平気だし、心から笑えるようになった。唇の形一つで、こんなにも世界が明るく見えるなんて、矯正前の私には想像もできなかっただろう。
私の唇を別人にした歯列矯正という魔法