歯列矯正がもたらす顔貌の変化の中でも、特に専門的で、劇的な効果を生む可能性がある現象が「下顎骨のオートローテーション」です。この現象は、主に奥歯で噛んでも前歯が閉じない「開咬(オープンバイト)」の治療において見られ、顔が長く見える印象を改善し、後退していたオトガイ(顎先)を前方へと導く力を持っています。開咬の患者さんの多くは、臼歯(奥歯)が本来の位置よりも下に伸びすぎてしまっている(挺出している)ことが原因で、顔の下半分の長さが増し、オトガイが後下方に位置する、いわゆる「面長」な顔貌になっている傾向があります。この状態では、奥歯が早期に接触してしまい、そこを支点として下顎骨全体が時計回りに開いてしまっているのです。この問題を解決するため、近年の矯正治療では「歯科矯正用アンカースクリュー」が強力な武器となります。奥歯の近くの歯茎の骨にスクリューを埋め込み、それを絶対的な固定源として、伸びすぎてしまった臼歯を歯茎の方向へ押し込んでいきます。この治療を「臼歯の圧下」と呼びます。臼歯が圧下され、下顎が開く原因となっていた早期接触の支点が取り除かれると、驚くべきことが起こります。下顎骨は、まるでドアが閉まるかのように、顎の関節を軸として、反時計回りに自然と上方へ回転するのです。この現象こそが「オートローテーション」です。この回転運動によって、下顎の先端であるオトガイ部は、これまで位置していた後下方から、前上方へと移動します。これにより、二つの大きな審美的改善がもたらされます。一つは、鼻の下からオトガイまでの距離(下顔面高)が物理的に短縮され、面長感が緩和されること。そしてもう一つは、後退していたオトガイが前方へ出ることで、横顔のバランスが整い、シャープで知的な印象が生まれることです。全てのケースで適用できるわけではありませんが、このオートローテーションというメカニズムは、歯列矯正が単に歯を動かすだけでなく、顔の骨格的なバランスさえも再構築するポテンシャルを秘めていることを示しています。