歯列矯正における歯肉退縮は、一度起きてしまうと元に戻すのが非常に難しい、厄介な副作用です。しかし、そのリスクは、治療中の正しいケアと心がけによって、最小限に抑えることが可能です。健康な歯茎を維持したまま理想の歯並びを手に入れるために、患者さん自身ができること、そしてすべきことを具体的にご紹介します。まず、最も重要なのが、日々の「セルフケア」の質を格段に向上させることです。矯正装置がついている口の中は、汚れが溜まりやすく、不衛生になりがちです。ここで基本となるのが、正しいブラッシングです。歯ブラシは、毛先が柔らかく、ヘッドの小さいものを選びましょう。そして、力を入れすぎない「フェザータッチ」を心がけ、歯と歯茎の境目に45度の角度でブラシを当て、小刻みに優しく磨くことが鉄則です。硬い歯ブラシでゴシゴシ磨くのは、歯茎を傷つける最たる原因であり、絶対に避けなければなりません。また、歯ブラシだけでは不十分です。ブラケットの周りなどの細かい部分には、毛先が一つにまとまった「タフトブラシ」が非常に有効です。歯と歯の間の清掃には、「歯間ブラシ」や「フロス」が必須ですが、これらも無理に挿入せず、歯茎を傷つけないように優しく使用することが大切です。次に重要なのが、「プロフェッショナルケア」を定期的に受けることです。月に一度の調整日には、必ず歯科衛生士による専門的なクリーニング(PMTC)を受け、自分では落としきれない歯垢や歯石を徹底的に除去してもらいましょう。これは、歯周病を予防し、歯茎の炎症を抑える上で極めて重要です。そして、忘れてはならないのが、「歯科医師との密なコミュニケーション」です。もし、治療中に特定の歯がしみる、歯茎に痛みや違和感がある、といった変化を感じたら、些細なことでも我慢せず、すぐに担当医に伝えましょう。それは、歯周組織が危険なサインを発している可能性があります。早期に伝えることで、矯正力を調整するなど、迅速な対応が可能になります。歯列矯正は、歯科医師任せの治療ではありません。患者さん自身の高い意識と日々の努力こそが、歯肉退縮というリスクからあなた自身を守る、最も強力な盾となるのです。