ワイヤーを装着した翌朝、私は絶望の淵に立たされた。全ての歯がじんじんと痛み、軽く歯を合わせただけで激痛が走る。朝食に用意したトーストなんて、もはや拷問器具にしか見えない。これが矯正の洗礼か、と呆然としながら、私は冷蔵庫にあった飲むヨーグルトを手に取った。それが、私の長くも短い矯正ごはん生活の幕開けだった。最初の三日間は、まさに流動食との戦いだった。飲むヨーグルト、野菜ジュース、そしてウィダーインゼリー。固形物を口にするという概念が、私の中から消え去った。四日目の朝、少し痛みが引いてきたのを感じ、勇気を出しておかゆに挑戦した。噛むというより、舌と上顎で潰すようにして食べる。久しぶりの温かい食べ物が、空っぽの胃にじんわりと染み渡り、涙が出そうになった。そこからは、私のささやかな挑戦が始まった。豆腐は冷奴から湯豆腐へ。卵はただの溶き卵から、出汁をきかせたふわふわの茶碗蒸しへと進化した。細かく刻んだうどんを柔らかく煮込んだものも、レパートリーに加わった。そんなある日、どうしてもお肉が食べたくなり、鶏ひき肉で豆腐ハンバーグを作ってみた。ソースをたっぷりかけて、スプーンで崩しながら食べる。久しぶりの肉の味に、細胞が歓喜の声を上げるのが分かった。もちろん失敗もあった。痛みが和らいだことに調子づき、フライドポテトに手を出した日。外はカリッと、中はホクホク。のはずが、私の歯にとってはただの凶器だった。一口噛んだ瞬間の激痛で、全てを悟った。矯正中の食事は、焦りは禁物なのだ。痛みの波に合わせて、食べられるものとそうでないものを見極める。それはまるで、自分の体と対話するような時間だった。痛い日の救世主は、決して特別な料理ではない。おかゆ、スープ、豆腐。そんな当たり前の食事が、どれほどありがたく、美味しいものかを、私はこの期間に心の底から学んだのだ。