今日、私の口の中に新しい同居人がやってきた。その名も「リンガルアーチ」。下の歯の裏側に、奥歯から奥歯へと渡る一本の金属のワイヤー。歯医者さんで装着してもらった直後は、それほどでもないかな、なんて高を括っていた。しかし、クリニックを出て、無意識に舌を動かした瞬間、その考えが甘かったことを思い知らされた。舌の置き場がないのだ。常に舌先が冷たい金属に触れている感覚。ツバを飲み込むたびに、舌がワイヤーに引っかかり、なんだかぎこちない。夕食の時間になり、ほうれん草のおひたしを食べようとしたら、見事にワイヤーに絡みついてしまった。これは大変なことになったぞ、と少しだけ後悔の念がよぎった。一番の試練は「発音」だった。特に「タ行」と「サ行」が絶望的に言いにくい。「ありがとうございます」が「ありあおうおあいあう」みたいになってしまう。接客のアルバイトをしている私にとっては死活問題だ。初日の夜は、なかなか寝付けなかった。舌の違和感が気になって仕方がない。しかし、インターネットで同じような体験談を読み漁ると、「一週間もすれば慣れる」「今では体の一部」という心強い言葉がたくさん見つかった。それに勇気づけられ、私はこの違和感と向き合うことを決意した。まず、食事は細かく刻む、ワイヤーに絡まりにくいものを選ぶなど工夫をした。発音練習のために、早口言葉をゆっくり、一音一音確かめるように声に出して読んだ。舌がワイヤーに触れるのが当たり前になるように、意識的に触れさせてみたりもした。そうして悪戦苦闘すること約一週間。あれほど気になっていた違和感は、いつの間にか薄れていた。舌は自然とワイヤーを避ける最適なポジションを見つけ出し、発音も以前とほとんど変わらないレベルに戻っていた。今では、リンガルアーチは私の口の中の風景の一部だ。これから装着する人には伝えたい。最初の数日は本当に辛いかもしれないけれど、人間の適応能力はすごい。必ず、慣れる日が来るから大丈夫だと。